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ねこの森へ帰る

なくした夢にもどっています

言葉は歌だと思いたい

はじめに、ひとつの英単語を覚えていただきたい。
floccinaucinihilipilification。
長いですね。発音をカタカナで書こうとすると、
フロクシノーシナイヒリピリフィケイション、
となります。
オックスフォード英語大辞典の初版で最も長い語とされた言葉だそうです。
今日は、この単語がどんな意味かを覚えて帰っていってください。


 *


サンスポとかニッカンのウェブサイトを見てると、だいたい毎日こういう見出しを目にします。

「もうひとつ踏ん張れない」/梨田監督
記事はこんな感じ。

<西武5−4日本ハム>◇20日◇西武ドーム
 日本ハムが引き分けを挟んで4連敗。梨田昌孝監督のコメント。
 「打線との兼ね合いだけど(投手陣が)もうひとつ踏ん張れない」。
 [2011年9月21日7時52分 紙面から]

http://www.nikkansports.com/baseball/news/p-bb-tp1-20110921-838268.html


いわゆる「監督語録」という奴の見出し。
監督のコメントが簡単に出ている、ごく短い記事です。
野球ファン、特にそのチームのファンにとっては垂涎の情報ですが、
ファンじゃない人から見ると相当に薄っぺらい内容の記事だと思います。
私は野球ファンなので、いま実際によだれを垂らしてこれを書いています。
そっとしておいてください。お互いの平和のために。


たとえば今日のニッカンの監督語録は、こうです。

  • 「もうひとつ踏ん張れない」/梨田監督
  • 「最後まであきらめない」/渡辺監督
  • 「切り替えて行きましょう」/秋山監督
  • 「勝ち投手は中山よ」/岡田監督
  • 「経験があるんだ」/落合監督
  • 「注意力が足りない」/小川監督
  • 「踏み台にして」/原監督


薄いですね。
では、ここからが今日の本筋なのですが、
今度は、これを「曲名と歌手なのだ」という風に強引に読んでみていただきたい。
さあ、がんばってみましょう。読めてきましたか?


渡辺監督の新曲「最後まであきらめない」は、ベタベタな人生の応援歌。ZARDのパクりっぽいノリの曲です。
原監督の「踏み台にして」はムード歌謡っぽい。踏み台にされ捨てられた女の未練を宮史郎さん風に歌いあげています。
小川監督の「注意力が足りない」と、落合監督の「経験があるんだ」は、どちらも斉藤和義提供じゃないかな。ライブに行くと、「ちょっとしたおまけ」という感じに、斉藤和義本人がギター1本でオリジナルの編曲で歌ってくれるでしょう。あ、スガシカオでもいいな。
梨田監督と言ったらこの一曲と言ってもいい「もうひとつ踏ん張れない」は、70年代フォークのカバー。「もーひとーつ、もーひとつー、とてもふーんーばれーない」というサビが印象的な切なく救いのない歌。
秋山監督の「切り替えていきましょう」はつんく♂プロデュースか。いや、秋山監督 with あやまんJAPAN の可能性も捨てがたい。いずれにせよ、キャバ嬢がいる合コンとかでノリノリで歌ってとっとと消費される曲です。再来年カラオケで歌ったら「やばいちょーなつかしーんですけど」と白い目で見られるので、ご注意を!
岡田監督「勝ち投手は中山よ」は、ど演歌。田舎のおじいちゃんがお風呂でいい加減でコブシをきかせて歌ってるのを、あなたも一度は聞いたことがあるでしょう。


 *


朝、目が覚めて、
長大な単語を調べたり、
ニュースに目を通し、監督語録をじっくり読み、
演歌を熱唱する岡田監督の姿を妄想したりしているうちに、
太陽は沈み、すぐに次の太陽が顔を出してしまいます。
そのような私の人生に関して、あなたがすべきことが
floccinaucinihilipilification
です。


フロクシノーシナイヒリピリフィケイション。


意味は、「無価値であると見なし、軽蔑すること」です。