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ねこの森へ帰る

なくした夢にもどっています

けものへんにブルー

 ここ数日眠りが短くて、体調が悪いとかじゃなくむしろいいほうで、今朝は7時半に目覚め、見えない目のまま昨日出したイベントの告知原稿の直しのメールを読んで、舌打ちを軽くうって、「あ、iOS6入れよ」と思い立って、そしたらアップグレードの真っ最中にハングして、いちかばちかでリセットして、そしたら案の定OS自体が立ち上がらなくなっちゃって、白いリンゴ出ては画面が真っ白になり、白いリンゴ出ては画面が真っ白になり、ってのを繰り返すようになって、うわー参った、稲川淳二の声で二行前のリフレイン繰り返してえや、ってぐらいあせって、でもいろいろ調べてみたらそういう場合にもなんとかなる仕掛けがあるらしくて、Appleのサイト見ながらなんか時間かかったけどOSは復活して、その後、iCloud上のアプリまで自動で復元しはじめて、アップル便利だなー、って感心して、気付いたら11時で、俺は友人と11時に待ち合わせの約束をしていたのだった。だから途中だったもののそのままiPodをバックポケットにつっこんで手ぶらで家を出て、友人のアジトで秘密会議をした。

 

 友人のアジトは元非合法の売春宿だ。

 その、正直異臭のする彼のアジトで、 まあ異臭の半分は俺のかもしれず、どこからともなく漂ってきた得体のしれない弱いwi-fiに勝手につないでツイッターいじってたら、iPodがさっきの復元作業の続きを弱々しく再開するじゃないか。 死に際の仔牛のような、生まれたてのお爺ちゃんのような、健気。

 ゆっくり、一枚一枚、Touchで撮った写真のバックアップをダウンロードし始めた。外へ出て昼飯を食いに行き、 またアジトに戻れば、弱々しくダウンロードを続ける。外へ出て橋を渡り、巻尺で世界を測り、 またアジトに戻れば、続ける。えらく遅い。そしてどうやら、古い過去から順に、写真を取り戻していた。まるで思い出を取り戻そうとしているアルジャーノンじゃないか。いや、アルジャーノンはネズミのほうか、そうか、でもまあ同じことだ。そして夜になり、 自宅に帰って高所作業用ハーネスの価格を調査し、側方路線価影響加算率の算定を行なっていると、アルジャーノンのやつがまだ復元作業を終えていない。アルジャーノンは写真を取り戻しつつあった。俺がとびきり幸せだった時期の、たぶんしばらく文字にしたいとも思わないほど幸せだった時期の写真を。一枚一枚。幸せだったのは俺で、その思い出は俺のもので、 なのにまるでその幸せがアルジャーノンのやつのものだったみたいに、奴は一枚一枚を思い出していった。丁寧に。俺に何か言いたいような態度で。ああそうかお前は、俺がそれを奪った悪党だと言いたいのか、俺がクズだったせいでお前まで不幸になったと言いたいんだなこの腑抜けの泣き虫め。俺はアルジャーノンを責め、「もうしばらくお前は見ない、お前が過去から現実へ帰ってくるまではな」と指をさして非難し、 iPod Touchを床にほうりだした。テレビでは俺と俺の愛していた女の二人だけの秘密だったはずの工場が大々的に紹介されていた。それも俺のだった。かつて俺たちだけの遊び場だった工場だ。今は違う、もう終わった、終わりというのは終わったという意味だ、この猜疑心の塊め。

 

 俺は今でもジャングルに真っ青の獣が棲んでいると信じている。青い獣は鮮やかに輝く翼を持ち、俺に優しく微笑みかけるはずだ。俺を赦し、苦しみから解放するために。俺はそういう奇跡を信じている。

 でも奇跡は次々と、現実的な土着の木こりが伐採していってしまった。青い獣。けものへんにブルー。俺の心の中にいる猜疑心。

 

 そいつが俺の希望の正体だ。