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ねこの森へ帰る

なくした夢にもどっています

新作落語『おせち侍』(バレ噺につきご注意)

古来からお国言葉、今で言う「方言」というものの笑い話は多くありまして……。

 

しんしんと雪の降る田舎の一軒家。

侍「(戸を叩き)さて、さて、どなたかおらぬか」

権助「なんだべ、正月のこんな遅くに」

「かような日、かような吹雪のときに申し訳ない、助けてはくださらぬか」「実は拙者、ほかでもない中納言能直さまの家臣であるが、剣術の修行で長旅をしているものでな。中山道を脇に入り山道に入りかけた途端にこの吹雪に巻き込まれ申した。恥ずかしながら見ての通り迷い申した、ここはひとつ、明朝吹雪が収まるまで休ませてはくださらぬか」

「へえへえ。こんなボロ屋ですけんど、どうぞどうぞ」

笠・ミノに高くつもった雪を戸口で払って、

「おお、囲炉裏か。これは暖かい。助かり申す」

「へえ。まあ何もねえけど、ちょうど今おっかあと正月の祝いをしようと思ってたとこだんべ」

侍、囲炉裏に座りまして、ひとまず気付けにと田舎の燗酒など出されまして、ようやく助かったと一息ついた。

「して、この国では正月はどのように祝うものなのかな」

「正月だべか。普通にちょっと豪華な祝いの飯さつくって酒飲んで餅ついて、ぐらいだんべ」

「ほほう。というと、やはりおせちかな」

ここで権助は真っ赤になります。それもそのはず、この「おせち」という言葉、この地方では、なんと言いましょうか、あの、ご婦人のあの部分、今のニッポンですとちょうどペロペロペローっとモザイクという奴で消されてしまっている、あの部分のことを指すお国言葉なのでございます。

「お、おせちだか! (独言)へへへ、お侍さんも真面目な顔して、案外好きな御仁だんべ。おらもそういう話は、へへへ、きれえな方じゃないだ。(侍に)おう。うちのおっかあのおせちは、この国一番だべ」

「おおそうか。ぜひそちの連れ合いのおせちとやら、味見をしてみたいな」

「味見って、そんなこと、いくらお侍さんの頼みでも……」

「何もたっぷりいただこうというのではない。このような身なりだが、せめて雰囲気だけでも正月を味わいたいというのが人の欲。」

「人の欲なのはわかんべが、お侍さんとこは、おせちは正月だけなんだべか。へえ、お侍さんの世界も難しいもんですのう」

「何。この国では正月以外もおせちをいただくとな」

「いただくもいただかねえも、でへへ、おら、おせちに目がないで、毎晩毎晩おっかあに頼んで……」

「なんと豪奢なご亭主であるな。それほどまでに良いというのなら是が非でも賞味させていただきたい」

「いや、無理だんべ。おらがいいといってもおっかあがどういうか」

「ぜひともお頼み申したい。ハレとケは大事にせねばならぬと剣術の師匠より教わってきたばかりなのだ」

「なんだべそのハレトケってのは」

「『晴れの舞台』などと言ったりするであろう、つまり、祭りや儀式の日には羽目を外してでも祝う、そのことがケの日、すなわち日常を侍として生き抜くための秘訣なり、と」

「そんなもんだべかな」

「頼む。この雪の夜、御酒を一すすりしながら、箸で豆でもほんの一突きさせていただきたいな」

「へえ! 箸で豆を! お侍さんの趣味は変わっとりますなあ」

権助、勝手に戻りまして、おっかさんに事情を説明します。このおっかさん、もちろん最初は驚きましたが、元々この国の女はあけすけというかおおっぴらというか、まあ、やるとなったら景気がいいんですな。まもなく権助、侍のところに戻りまして……。

「お侍さま。うちのおっかあが、うちのおせちは見栄えがよくねえんでいやだ。いやだども、お侍さんが目隠しをして、色も形もわかんねえまんまで、箸で豆だけつまむっていうんなら、味あわせてやらねえこともねえって言うんだが」

お侍さん「ハテ?」という顔で「目隠し……それはまたおかしなことを。(独言)しかし、確かに田舎の料理、味付けも醤油と味噌などでくすんでおり恥ずかしいというのであろう……(権助に)よしよしわかった。それでよい。それでよいのでおせちで祝おうではないか」

侍、権助の持ってきた手ぬぐいで目をぐるっとしばる。おかみさんがそろそろと寄ってきて御侍さんの前に座って、意を決してがばーっと着物の裾をはだける。侍、目隠しのままお猪口をきゅっとやって、箸を持って手探りで皿を探す。もちろんお膳があると思っているところには何もなくて中空ばかりをつまむ。見ていた権助たまらず、

「お侍さん、そこでねえ、そこは、ハレとケの、『ケ』のほうだ」