読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

ねこの森へ帰る

なくした夢にもどっています

小説「うそを替える」

「うそ替え神事」のための木彫りの「うそ鳥」には10種類あって、それぞれ1号から10号と名前がついていた。1号は高さが5センチほど、10号ともなると30センチはある。そうなるともうちょっとした武器で、暴漢を撃退できそうな重量感があった。ずいぶん実効性のある魔除けだ。
 我々は一番小さな1号を買い、「替えましょ」と小さな声で言い合って交換し、それぞれのかばんにしまった。他の誰もそんなことをやってはいなかったが、実際に江戸時代にはそういう儀式だったらしいとの由来を聞き、少々きどってみたのだ。来年のこの時期にまた同じ天神にやってきて、古いうそを納め、新しいうそと交換する。そういうならわしだった。
「来年はもう1号大きいのを買おう」帰り道に僕は言った。僕は今年も貧乏で、男としてそれはなんだか情けなかった。来年はもう少し、せめて彼女とのデート代を全部払えるぐらいの収入にならなきゃな、という自分への誓いのようなつぶやきだった。
 彼女はいつものように、ふふふ、と笑った。「じゃあ、10年後は、一番大きいのを交換することになるのかしら」
「10号? あんなでっかいのほしい?」10号は7000円だ。神事に金勘定はふさわしくないのはわかっているが、しかししょせんはただの無用な棒だ。それが気軽にできる自信はまったくない。10年後にどうなっているのか、僕には何も見えてこなかった。
「馬鹿だなー」また彼女は笑った。「これからもよろしく、って意味なのに」
 そうか。そういうことか。
 僕はそのとき初めて、自分の10年後が見えてきたような気がした。10年後、僕はたぶんこの子と口論をしているだろう。二人で同じ布団で目覚め、同じ家を出てこの天神へと向かう道中、ずっとずっと、口論しつづけているだろう。ほんとうのほんとうに我々は10号2本14000円也を買ってしまうのかどうかで。9号のうそを1本ずつ、それぞれのかばんに入れたまま。