漢字成り立ち物語・その1 「肛」
ある月の明るい夜のこと。
一人の旅人が、したたかに酔って歩いていた。
さきほどまで飲んでいた酒場の店主は、無理をせずもう今日はここに泊まっていけ、と忠告したのだが、酔って気が大きくなっていた旅人は強引に店を飛び出てしまったのだ。
気持ちのよい夜だったので、少し酔い覚ましに歩きたかったのかもしれない。
「どうしてもというのなら仕方あるまいが、」と店主は最後に旅人に告げた。「途中に広がる沼地にはけっして立ち止まってはならねえ。沼地には恐ろしい……」
「大丈夫だす、ういっく」村人は店主の言葉を最後まで聞かず、酒場を立ち去ったのだった。
1時間ほど月夜を気持ちよく歩いた旅人は、突然、便意を催した。
「おお、ここにちょうどいい沼地がある。ちょっくらここでお土産を落とすべえ」
旅人はそうひとりごち、沼地の中ほどまで歩み入り、着物の裾をまくってしゃがんだ。
その途端、大きなミミズが旅人の肛門にがぶりとかみついた。この沼地は、おそろしい毒ミミズの巣だったのだ。
旅人は涙目になりながら、毒ミミズに向かって脱糞した。
天を仰ぎ見ると、涙のあふれる旅人の目に、美しい満月がうつった。
「ああ、月に虹が出ている」
これが肛門の「肛」の字の由来である。信じようと信じまいとにかかわらず。