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ねこの森へ帰る

なくした夢にもどっています

ドラえもん短歌と歌人・仁尾智について

 9月3日はドラえもんの誕生日。この本*1が出てもう4年になるのか……。

ドラえもん短歌

ドラえもん短歌


 この本の中の仁尾智(にお・さとる)*2の短歌はすごくいい。他にもいい短歌がつまっていることは認めるが、私の中では仁尾さんが圧勝している。仁尾家の猫が妙に私になつっこいことでひいき目に見ているきらいはもちろんあるが、だとしても。


・自転車で君を家まで送ってた どこでもドアがなくてよかった(仁尾智)


は、各方面で絶賛され、いまや仁尾を代表する一首になった。しかし、この短歌は、青春の匂いが濃すぎて、仁尾の短歌の魅力がやや減ぜられているように感じる。仁尾の短歌の魅力は「要領の悪さ」「不器用さ」みたいなものにある。


・「この家はどうだ?」と猫に聞いてみる 何も言わないのをいいことに(仁尾智)


これは「ドラえもん短歌」ではないが、仁尾の短歌の魅力を語るにはちょうどいい。この歌の主人公は、自分の家を自慢したくてたまらないのだが、人にそれとわからぬように自慢できるほどの器用さはないのである。そういう社交性もない。だから身内に、それも、猫に聞く。


・なんだっていいから自信が持ちたくて毛糸洗いをアクロンでする(仁尾智)


これもよく引かれる歌だが、「自信が持ちたいならもっと別なことをしなよ……」と勧めたくなるほど主人公の方向性が間違っているのがいい。自信のないことに悩む主人公が「そういえば、『アクロンなら毛糸洗いに自信が持てる』って小堺一機も言ってたな……」と真に受けている感じ。これが、仁尾の短歌に特徴的な「要領の悪さ」である。

 そこで「ドラえもん短歌」に出てくる仁尾の歌を見てみると、


・空腹に耐えられなくてパンとしてむさぼるアンキパンはしょっぱい(仁尾智)


などに、仁尾のいい感じの無骨さ、不器用さが出ている。「ひみつ道具があるのに米がない」というアンバランスな状況にいる主人公の要領の悪さは少しどうかしている。そして、せっかくのアンキパンをただの腹の足しとして無駄にしてしまう主人公。そしてその感想は「しょっぱい」。この、生きることの下手さ。
 不器用さは、しばしば、高倉健的「美学」として肯定される。しかし、どのような美意識をもっても、アンキパンを素のままもしょもしょ食う男に、美学を見いだすのは難しい。この、世間では肯定されにくい無骨さこそ、仁尾の短歌のキモである。「絵にならない」人間を絵にする。それが成功したときの仁尾の歌は、私の心をもしょもしょさせてやまない。


・僕たちが今進んでる方向の未来にドラえもんはいますか(仁尾智)


ドラえもん短歌」より。上の句のたどたどしさが、おずおずと歩み続ける真正直さをうまく引き出している。社会批判に行きたくなるのを踏みとどまって木訥な質問に落とし込んでいるのが仁尾らしい。


・君とした「ひみつ道具でどれが好き?」みたいな話ばかり思い出す(仁尾智)


 この歌は、個人的には現在までの仁尾の最高傑作だと思っている。憎しみや後悔を越えて、たわいもない会話を交わしたささやかな幸せの時間ばかりを記憶に残した主人公。時間がそうさせたのか、あるいはもともとそういう性格なのか。付き合っていた時に、ドラえもんトークに夢中になっていた空気の読めない男の姿が目に浮かぶ。そして、内心辟易しつつも話に付き合っている女の子も。ああ、主人公の男の鈍さよ! もしかしてくだらない話をしゃべり続けるその鈍感な性格が別れた原因なんじゃないのか……そう勘ぐりたくもなる。でも、それはもうすべて、過去のことだ。なんであれ、男にはもう、幸せな思い出しか残っていない。この愛くるしい純朴さよ。私など、別れた女の思い出は猛省と怒りしかない。そんな私だからこそ、この歌の主人公の純さと鈍さに心打たれるのだろう。


 仁尾さん本人も、わりとこういう主人公に似たところがある人です。ただし、残念なことに、もう少し要領がよく、空気も読める。でも「この人はアンキパンを食べたのが奥さんに見つかってこっぴどく怒られてそうなタイプだな」とは、会うたびに思っています。

 そんな仁尾智と佐々木あららがお届けするポッドキャスト「僕たちだけがおもしろい」と「僕たちだけがおもしろいCLASSIC」、毎週更新しています。よしなに*3


僕たちだけがおもしろい
 http://bokuomo.seesaa.net/
僕たちだけがおもしろいCLASSIC(2年前の音源の再配信)
 http://www.voiceblog.jp/bokuomo_classic/

*1:佐々木あららの短歌もいくつか載っている。「ジャイアンがもうこの町にいないのは空き地が消えたせいなのだろう(佐々木あらら)」ほか。

*2:仁尾智プロフィール:http://isesatoshi.exblog.jp/i3/

*3:株式会社よしなに(http://www.yoshinani.co.jp/)というのを見つけた。「空飛ぶ」には負けるけどいい社名。