ねこの森へ帰る

なくした夢にもどっています

弥勒の時代とカレルレン

まだ調べていないのでメモ程度にしておくが、清水芳太郎という人はきちんと読んでみるべきかもしれない。

石原莞爾の「最終戦争論」より。

日本の有する天才の一人である清水芳太郎氏は『日本真体制論』の中に、その文明の発展について種々面白い空想を述べている。
 植物の一枚の葉の作用の秘密をつかめたならば、試験管の中で、われわれの食物がどんどん作られるようになり、一定の土地から今の恐らく千五百倍ぐらいの食料が製造できる。また豚や鶏を飼う代りに、繁殖に最も簡単なバクテリヤを養い、牛肉のような味のするバクテリヤや、鶏肉の味のバクテリヤ等を発見して、極めて簡単に蛋白質の食物が得られるようになる。これは決して夢物語ではなく、既に第一次欧州大戦でドイツはバクテリヤを食べたのである。
 次に動力は貴重な石炭は使わなくとも、地下に放熱物体――ラジウムとかウラニウム――があって、地殻が熱くなっているのであるから、その放熱物体が地下から掘り出されるならば、無限の動力が得られるし、また成層圏の上には非常に多くの空中電気があるから、これを地上にもって来る方法が発見できれば、無限の電気を得ることになる。なお成層圏の上の方には地上から発散する水素が充満している。その水素に酸素を加えると、これがすばらしい動力資源になる。従って飛行機でそこまで上昇し、その水素を吸い込んでこれを動力とすれば、どこまでも飛べる。そして降りるときには、その水素を吸い込んで来て、次に飛び上がるときにこれを使用する。このようにして世界をぐるぐる飛び廻ることは極めて容易である。
 この時代になると不老不死の妙法が発見される。なぜ人間が死ぬかと言えば、老廃物がたまって、その中毒によるのである。従ってその老廃物をどしどし排除する方法が採られるならは生命は、ほとんど無限に続く。現にバクテリヤを枯草の煮汁の中に入れると、極めて元気に猛烈な繁殖をつづける。暫くして自分の排出する老廃物の中毒で次第に繁殖力が衰えてゆくが、また新しい枯草の汁の中に持ってゆくと再び活気づいて来る。かくして次々と煮汁を新しくしてゆけば何時までも生きている。即ち不老不死である。
 しからば人間が不老不死になると、人口が非常に多くなり世界に充満して困るではないかということを心配する人があるかも知れない。しかしその心配はない。自然の妙は不思議なもので、サンガー夫人をひっぱって来る必要がない。人間は、ちょうどよい工合に一人が千年に一人ぐらい子供を産むことになる。これは接木や挿木をくりかえして来た蜜柑には種子がなくなると同じである。早く死ぬから頻繁に子供を産むが、不老不死になると、人間は淡々として神様に近い生活をするに至るであろう。
 また時間というものは結局温度である。人を殺さないで温度を変える。物を壊さないで温度を上げることができれば、十年を一年にちぢめることは、たやすいことである。逆に温度を下げて零下二百七十三度という絶対温度にすると、万物ことごとく活動は止まってしまう。そうなると浦島太郎も夢ではない。真に自由自在の世界となる。
 更に進んで突然変異を人工的に起すことによって、すばらしい大飛躍が考えられる。即ち人類は最終戦争後、次第に驚くべき総合的文明に入り、そして遂には、みずから作る突然変異によって、今の人類以上のものが、この世に生まれて来るのである。仏教ではそれを弥勒(みろく)菩薩の時代というのである。

「最終戦争論」は昭和15年(1940年)に石原が行った講話を文字に起こしたものと、それを読んだ読者からの質問への答えをセットにした内容である。表記の変更などがあったようだが、昭和17年か18年くらいにはフィックスされているらしい。であれば、「日本真体制論」は遅くとも1942年までには書かれていたことになる。

孫引きなので原典に当たるまでなんとも言えないが、もしも本当にこの内容で書かれているとするなら、原子力発電、コールドスリープ、遺伝子操作、寿命の伸びと自然出生率低下との関係、などなど、今日実現した内容、議論されうる内容が当たらずとも遠からずで書かれていることになる。成層圏の上に水素が溜まってる、とかいう数々のトンデモ記述は、まあ空想科学未来予想にはよくあることなので目をつぶるとして。
アーサー・C・クラークが衛星通信の可能性を指摘したのが1945年、「幼年期の終わり」のもととなった中編「守護天使」を書いたのが1946年。科学技術の発達にわくわくできる時代だったのだな。科学技術が極限まで人類に適用されると「仙人」みたいな上位階梯に進む、というのも、お互いによく似た発想である。どこかに共通のルーツでもあるのか。


「最終戦争論」自体も、太平洋戦争以降の国際軍事・政治の展開を「戦争のくろうと」の立場から冷静に予言していて面白かった。特に「欧州、アメリカ、ソ連、東亜」の4つの内、準決勝を勝ち抜いた二大勢力が世界を二分する時代が来る、との指摘は素晴らしいの一言。結論が「おそらく東亜とアメリカだろう」となっちゃうのは、石原が日本の軍人である以上、やむを得ない。自分自身の未来予想には必ず何らかのバイアスがかかるものだ。


以上、昨日1月18日に生誕120周年を迎えた石原莞爾を読んでみた感想でした。

青空文庫で読めますよ。
http://www.aozora.gr.jp/cards/000230/card1154.html